スプーキーじいさんって何考えてるの!?

貧乏・暇なし・不健康。一人暮らしのじいさんのブログです。このブログに広告とか金儲けは入っていません。スターは一個だけ付ける主義です。税込表示です。

『黒扇』の謎

東京駅の八重洲口から真っ直ぐ佃(つくだ)へと続く道をブラブラ歩くこと数分、中央通りを渡った右側にそびえ立つのがミュージアムタワー京橋です。
ここにはかつて、ブリヂストンの本社ビルが建っていました。
その本社ビルの中にあったのが、ブリヂストン美術館です。
本社ビルの建て替えに伴い(ブリヂストンの本社は東京スクエアガーデンに移転)、ブリヂストン美術館アーティゾン美術館へと名前を変え、ミュージアムタワー京橋の一階から六階に入りました(展示室は四階から六階)。
「アーティゾン」というのは造語で、「アート」と「ホライゾン」を足したもの。
最新の空調設備や照明設備を備え、予約制により観客の人数を制限する美術館なのです。

 

この美術館はブリヂストンの創業者、石橋正二郎が集めたアート作品が基礎となっています。
石橋は青木繁藤島武二の作品から始まり、(彼等のお手本とされた)印象派の絵画も集めていました。
以前書いた、西美の記事にも登場してますね。

石橋は渡米したときに訪れたMoMAニューヨーク近代美術館、ビル街の中にある)に刺激を受け、建設中だった本社ビルの二階を美術館として、自身のコレクションを公開することにしました。
企業の設立した美術館ではありますが、ここの所蔵作品は中々豪華です。
(他にも石橋の郷里の久留米に、長男・石橋幹一郎が設立した石橋美術館(現・久留米市美術館、東洋美術を扱う)がある)

 

前置きが長くなりました、今回取り上げるのはその中の一つ、藤島武二の『黒扇』という美しい絵です。

藤島武二 黒扇(こくせん)(重要文化財

 

 

 

藤島武二は慶応三年(1867年)生まれで、太平洋戦争中に75歳で亡くなった画家です。
若い頃は日本画を学んだそうですが、後に洋画に転向しています。
今の芸大で後進の指導にあたり(黒田清輝が招いた)、文部省にヨーロッパでの五年間の留学をさせてもらい、宮内庁からの依頼も受けたりした後、最初の文化勲章を受けた一人となりました。
渡欧し西洋絵画を吸収する画家が増える中、日本独自の洋画のあり方を探求し続けた、日本の洋画壇の重鎮ですね。

 

藤島の絵といえば基本はロマン主義、あと装画でアール・ヌーヴォーにチャレンジしたりしていますけど、解りやすく書くと丁寧で写実的な絵の人で、雑な描き方をしないタイプです。
例えば『池畔納涼』とか、

藤島武二 池畔納涼(ちはんのうりょう)(東京藝術大学大学美術館所蔵)

 

私の好きな『造花』とか。

藤島武二 造花 (東京藝術大学大学美術館所蔵)

こうして見ると、荒いタッチの『黒扇』はかなり異質ですね。
私はブリヂストン美術館で『黒扇』を見ていますけど、何か引き込まれるものがありましたよ。

 

 

 

藤島が高齢になってから弟子がアトリエを片付けていたときに、奥まった場所に置かれた絵が出てきました。
それが『黒扇』だったのです。
弟子が藤島に報告すると、藤島は『黒扇』が残っているとは思っていなかったようで大層喜び、サインを入れニスを塗り直し額装して、寝室に置いて楽しんだそうです。
(1942年の新制作派協会第7回展に出品されている)
(当時の芸大の学生達もこの絵には驚いたらしい)
ただ、『黒扇』がいつ描かれたのか、モデルは誰なのか、藤島はまったく語らなかったとか。

(今は留学中のローマで描かれたと言われている)

 

そして最晩年に、藤島は自身の作品が散逸するのを恐れて、親交のあった石橋正二郎にイタリア時代の作品の多くを買い取ってもらいました。
その中には、『黒扇』も含まれていたのです。
作品が石橋の元へ届いてから三日後、藤島から石橋へ

『黒扇』を返してほしい、あれがないと寂しくて寝られない

と連絡があり、石橋は快く藤島へ返してあげたそうです。
その後藤島は亡くなり、『黒扇』は再び石橋のところへ移りました。
そしてそれが今アーティゾン美術館にあり、我々は見ることができるのです。

 

 

 

『黒扇』を見ると、全体が雑に描かれているようで、顔は丁寧に描かれていて、見る者の視線が顔へ行くように意図されていることが分かります。
この青い瞳の女性、ただのモデルなのか、イタリア留学中の藤島と何かロマンスがあった女性なのか。
晩年に自分の寝室に飾って毎日見ていたのですから、嫌な想い出のある絵でないことは間違いないでしょう。
そしてこの絵について何も語らなかったということが、藤島のこの絵に対する想いの大きさを示しているように思えるのです。
(藤島の奥さん(たか子)はどう思っていたのだろう……? と思ったら、『黒扇』が見つかる前に亡くなってました)

 

 

 

いかがでしたか、『黒扇』という絵に込められた物語。
何の知識も持たずに絵を見るのも楽しいし、こうして背景を知ってから見るのもまた楽しいものです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。