実は私、もっと料理を作りたくて、そういう記事を書きたくて。
でも高いでしょ、米も野菜も。
スーパーに行っても、つい安く済むレトルトとかへ流れてしまいます。
野菜の高値は天候が関係してるからしょうがないけど、問題はお米ですよ。
まったく、国は何をしてるのでしょうか。
国会議員は国民の代表だし、公僕ですよ。
それが役に立っていないのだからどうしようもありません。
国民がみんな苦しんでいるのに、お米の高値はもう何ヶ月も続いていて安くなる気配もない。
やっと備蓄米を放出することになったけど、効果は疑問視されてるし。
何をモタモタしてるのか、毎晩赤坂の料亭に通ってる連中に国民の気持ちは分からないのか。
いきなり愚痴ってしまいました、失礼。
今回はスニーカーのことを書きます。
みなさんのシューズ選びの参考になれば。
まず「スニーカー」とは何か。
「sneakers」は「sneak」、つまり「忍び寄る」から生まれた言葉です。
Kedsが1916年に広告で、従来の靴と違って静かに歩ける靴ということを書いたところから来ています。
どちらかというと普段使いの街歩き用の靴という狭義の意味がありましたが、今はランニングシューズやバスケットシューズなどのスポーツシューズも含まれます。
スポーツシューズのデザインが良くて、それで街歩きに使うようになったという流れもありました。
我々の世代が子供の頃の靴というのは、ビジネスやフォーマルの革靴と、普段履くズックの二通りしかなかったと思います。
ズックというのは学校の上履きのことですけど、あれに似た布製のアッパーの靴のことをまとめてズックと呼んでいました。
一時期リーガルのキャンバス・ローカット・モデルが売れたこともありました。

(これなんてかなりまともなほうです)
私も周囲のみんなも、この側面の「R」が好きでしたね。
1970年代の若者で、ちょっとオシャレな連中にはCONVERSEオールスターが人気でした。
オールスターのキャンバスモデルで、ローカットとハイカットがあり、ズックとは一味違うデザインが良かったのです。


このハイカット、私も履いてました。
ソールが厚くて重いわりに、アッパーはペラペラで軽いのです。
これのシューレースを上まで通さず、上部を折り返してローカットにして履いたりしてね。
これらのモデルは今でも人気があり、カラーバリエも豊富になっています。
ただし、まだ人間工学なんて言われていない時代のスニーカーなので、正直長時間履くのはしんどいですが。
それでも昔からの大定番スニーカーですね。
この時代、オールスターのレザーモデルは正規輸入されていなかったと思います。
私の父がアメリカに出張に行くことになったとき、ファッションに詳しい姉の入れ知恵でレザー・ローカットを父に買ってこさせて、みんなに羨ましがられた想い出があります。
でもその後日本でも大々的に売り出されて、当たり前のシューズになってしまいましたけど(笑)。
あと人気があったのが、adidasのスーパースターね。
こちらはレザーだったから高価で、若者にはちょっとハードルが高かったな。

これだと見づらいけど、トゥの部分の縦シマが印象に残っています。
その後しばらくはこんな感じで、日本にスニーカーブームが来るのはもっと先の話です。
アメリカではNBAがABAを吸収した頃(1977年)に、メーカー各社がバッシュの開発にしのぎを削りシェア拡大を目指し始めた辺りからブームが始まりました。
(昔はアメリカのプロバスケは二つのリーグに分かれていた)
でもそれが日本に波及するのが遅れたのは、円・ドルのレートの関係かもしれません。
1ドル=360円の時代は舶来品は何でも高かったですからね。
(急激な円高は1985年から)
私は1990年頃からジョギングを始めました。
最初はCONVERSEオールスター・キャンバス・ローカットを履いてましたが、走るのに適していないと感じていました。
私はどんな靴を履けばいいのかも知らなかったから、ランナーズとかの雑誌も買うようになり、熱心に情報収集するようになりました。
その頃にショックを受けたのが、NIKEのエア180です。


な、な、なんじゃこりゃー!?
このソール、NIKE得意のビジブルエアですけど、こんなの初めて見ましたよ。
映画『フォレスト・ガンプ』でも出てきましたが、1970年代後半くらいからアメリカではジョギングの大ブームが始まります。
これは1982年に雑誌に掲載されたマンガの一部です。

このジョギングブームで問題となったのは、アスファルトやコンクリートの上を走るときのインパクト(衝撃)です。
従来のシューズで走っていて、カカト、足首、ヒザ、腰を痛める人が続出してしまったのです。
(私もカカトを剥離骨折している)
かといって芝生や土の上なんて都市部では中々走れません。
そこで各メーカーはインパクトを和らげるために、ソールを厚くしたりしました。
※インパクトはウォーキングのほうが少ないし、サイクリングは更に少ない。
NIKEはエアシステムと言って、ガスを充填したチューブをソールの内部に入れることでインパクトを減らすシステムを開発。
(空気よりも分子構造が大きいガスを充填することで漏れを減らした)
カカトの下にゴム毬を付けるようなもので、衝撃吸収と反発が期待できるのは素人でも分かります。
ただ最初チューブはソールの中に密閉されていたので、チューブがインパクトを受けたときの逃げ場がなくて上手く作用しなかったのです。
それで逃げ場にするための窓を側面に開けてみたら……
バカ売れ!
そうです、機能の見える化が消費者の心にヒットしたわけです。
エア180も同様で、この画像を見ただけでインパクトを軽減してくれそうですよね。
お店で沢山のシューズが売られていても、これに目が行きます。
後発のメーカーだったNIKEの躍進はここから始まったのです。
有名なエアマックスの初登場が1987年、エア180は系統が違いますが1991年に初登場。
どちらも今でも復刻され続けています。

これがエアマックス1です。
ちなみに一番上の穴が二つ並んだ部分のシューレースの通し方は、正しくはこうではないのですが、ま、いいか。
今回はここまで。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。