スプーキーじいさんって何考えてるの!?

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飲食店の想い出 3

前にちょっとだけ書きました、村上春樹の本の中に出てくるカレー屋さんの話です。

 

その本は『うずまき猫のみつけかた―村上朝日堂ジャーナルamazon、初版は1996年、今は「村上朝日堂ジャーナル」はタイトルから削除されている)』です、エッセイ集ですね。
この本の中に書かれているお店は「GHEEギー)」と言いまして、東京都渋谷区神宮前にありましたが今はもうありません。
赤出川という料理人が作るカレーが大評判で、それで村上春樹安西水丸も通ったということです。

 

赤出川は若い頃に働いていた飲食店で、インド人シェフからインドカレーの作り方を教わります。
その作り方を研究して、日本人の舌に合うように直したカレーも開発。
二種類のカレーを武器に、神宮前にあったお店・GHEEでカレーを作り始めたのです(1983年?)。
村上・安西以外にも、NIGOA BATHING APEの創業者)がバイトしていたとか、色々な噂話が残されています。

 

※神宮前というエリアは、アパレルとかオシャレな業界人が事務所を構えることが多い街だそうで、そういう業界人はカレー好きなことが多く、休み時間になるとGHEEでカレーを食べていたそうです。
噂話が沢山出てきそうな環境だったのですね。

 

 

 

前から書いているとおり、ネットで飲食店などの情報が豊富に出回ってくるのは21世紀に入ってから。
それまでも情報は拾えましたが、今ほど豊富ではなく信頼性も低かったです。
1970年代半ばから1980年代半ばまで「アングルamazon、復刻版)」という街情報誌があって私もよく買ってたけど、本当にこれくらいしかありませんでした。
GHEEのことを知ったのも、村上春樹の本を読んだから。
彼がGHEEのことを書かなかったら、多くのカレーファンはGHEEを知らないままだったでしょう。

 

私は三十代の頃に(2000年代前半)、GHEEに一回だけ行ったことがあります。
友達と二人で行ったと思いますが、カレーが美味しかったこと以外はほとんど記憶がありません。
インドっぽさ皆無のシンプルなカフェ的お店だった記憶あり
大体、GHEE目当てでお出掛けしたわけではなくて、原宿散策のついでみたいなものでしたし。
料理の写真を撮りまくる時代でもありません。
もっとちゃんと味わって、日記にでも書けばよかったのに>当時の私。

 

 

 

その後じわじわと、「GHEEはすげーカレー屋なんだ!」という噂話が聞こえてきて、またいつか行こうと思いました。
「そこまでか?」と思いつつ、でも「またいつか」は来ませんでした。
私がマゴマゴしている間に、GHEEは閉店してしまったのです(2005年頃?)。
私はそのことも、後の噂話で耳にしました。
全然熱心じゃないカレーファンでしたねー、大体原宿方面に縁はなかったしなー。

 

※この頃はまだ口コミが大事な情報源だったし、そのために人的ネットワークを広げておくことも必要でした。
仲良くなった人には自分の持っている情報は惜しげもなく教えたし、そういう情報のやり取りは楽しかったです。

 

その後カレーファンの噂話は徐々にネットでも聞かれるようになって、食べログが始まったのは2005年でした。
GHEEの料理人が赤出川という人だということも知りました。
そして赤出川があちこちのお店でカレーを作っているらしい、そういう噂も聞こえてきました。
あるカフェで赤出川がカレーだけ担当しているとか、間借りして時間限定でカレーを出しているとか、そういう噂です。

 

 

 

今回調べてみました。

ファンシード東京・神宮前

カフェ・ド・モモ東京・市ヶ谷

ビザール東京・東銀座

ブラウンホース東京・神宮前

順番は違うかもしれません

これらが私が確認できた、赤出川がカレーを作っていたお店です。
どうやら一箇所に腰を落ち着けるタイプではないようですね。
これらのお店では、赤出川のカレーを受け継いでいるそうです。

 

あと前述のNIGOが立ち上げた、赤出川直伝のカレーを出すお店、

・東京・神宮前の「カリーアップ

の他にも、

・新潟の「ボボ東京の学芸大学に二号店有り)」

・京都の「カマル東京の中野、高田馬場、神保町、高円寺にある「5バル」は系列店だが肉料理メイン)」

・東京・中目黒の「フォレスター

も赤出川の味を受け継ぐお店なのだとか。

 

 

 

実は私、カフェ・ド・モモには行ったことがあります(2008年頃?)。
今は東京都新宿区市谷左内町にありますが、赤出川がカレーを作っていた頃は防衛省の裏手の住宅街(東京都新宿区市谷薬王寺町市谷加賀町辺り)にありました。
ここで赤出川のカレーが食べられるという情報を得て、「よし食いに行ってみるか!」というやる気もあって、まぁタイミングが良かったのです。

 

真夏の炎天下にバスと徒歩で行きました。
まず、通りかかった人がフラッと入るお店じゃありません、閑静な住宅街の中にポツンとそのお店がありました。
店内は薄暗く、アジア風のインテリアで、カウンター席に座ってみたら何とカウンターは木製のドアをそのまま使ってました。

 

カレーは数種類あって、赤出川のカレーの特徴としてはまず船のような形の細長いお皿を使うこと。
そしてほとんどのお客は、そのお皿の中央にライス、左右に違うカレーを盛ったあいがけを食べていました。

赤出川カレーの基本的なイメージ

私はポークカレーを食べたのですが、とても美味しかったです。
オイリーで味も香りも濃くてスパイシーで、食欲が湧いてくるカレーです。
ただ、途中で失速してしまいました。
ちょっとクドくて単調かなぁ……

 

一口目で「おおっ!」って言ったとしても、食べ終わる頃には「もう当分いいわ」になる感じです。
例えれば、原液を過剰に入れて作ったカルピスのよう。
あいがけが当たり前なのは、そういう理由があるからなのか……?
正直「伝説のカレー」は言い過ぎだと思います。
食べた人がそう思うのは勝手ですけど……

 

 

 

その後、2016年に赤出川はまた神宮前でカレー屋を始めます。
その名は「Blakes(GHEE)ブレイクス)」。
結構メディアに取り上げられていて、上に書いた話も紹介されたりしていました。
ここも一度行こうと思っていたら、2024年に閉店してしまいました。
オシャレじゃない私は神宮前に行く用事がない(笑)

 

と思ったら。
同じ年に赤出川は、東京都中央区新富でCAFE2というお店を始めていました。
首都高の京橋の入口のすぐそば
夜はバーで、カレーは平日の昼間だけの営業だそうです。
メニューの画像を見ると、「Blakes(GHEE)のカレーがランチ限定で復活中」ですって。
食べログのレビューを見りゃあ、また判で押したように「あの伝説のカレー」って書いてありますよ。
興味のある方は今なら、CAFE2に行けば赤出川のカレーが食べられますよ。
もう彼もいい歳でしょうし、食べられるチャンスは少ないかもしれません。

 

 

 

長くなってすみません。
こうして書いてみると、結局カレーそのものよりも、料理人が一箇所に落ち着いていないことと、オシャレな業界人に関係した噂話が多いことが、GHEEの評価を大きくしていたのではないか? という考えに至りました。
しかも赤出川のキャリアの前半は、ネットがない時代です。
当時実際に味わった人しか語れない、後からでは追いきれない部分の存在も大きいでしょう。
更に、1980年代に今のスパイスカレーのような料理を出すお店は珍しかったです。
このシリーズの1や2に私が驚いたのもそこです
あるとしたらインド料理店で、GHEEのような形式ではありません。
その先進性が評価されたという意味もあると思います。

 

私は長いこと赤出川のカレーは食べていないので、もしかして今食べたら評価が変わるかもしれません。
でも、お店や料理人の過去を知らなくても、美味しいカレー屋さんは沢山あります。
そういうお店に「伝説の」って付ける人はいないですよね。
昔どこかで何かがあっての伝説ですから。
なんだかそういうカラクリが見えてしまったような気がします。

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。