今回は、今夜日テレで放送される予定の映画のことを書きます。
『侍タイムスリッパー』(2024年)
ネタバレ有りなのでご注意を。

一言で言えば、大変面白い映画でした。
映画を一本観て、これだけの満足度は中々ないですよ。
それだけ完成度の高い映画だと言えます。
・あらすじ
幕末。
会津藩士・高坂新左衛門(こうさか しんざえもん、演:山口馬木也(やまぐち まきや))は、家老より長州藩士・山形彦九郎を討つ密命を受け、村田左之助とともに京都の西経寺の前で山形を待ち伏せて襲いかかる。
村田はすぐに倒され、山形と激しく斬り合う高坂だったが、そこへ雷が落ちてしまう。
高坂が気がついたのは、現代(2007年)の時代劇の撮影所のオープンセットの中だった。
そこで偶然行われていた時代劇『心配無用ノ介』の撮影を見て、高坂は芝居を現実だと勘違いして乱入して追い出されてしまう。
訳の分からない高坂は撮影所の中をさまよい、ゾンビメイクの役者に驚いたはずみで頭を強打して失神、『心配無用ノ介』の助監督の山本優子(演:沙倉(さくら)ゆうの)に病院に担ぎ込まれる。
病室で目を覚ました高坂は、窓から見えた現代の街の風景に驚き、病院を抜け出す。
そして商店に貼ってあったポスターを見て、今は江戸幕府が終わってから140年後であることを知りショックを受ける。
(高坂の会津藩は幕府を支持していた、山形の長州藩は幕府と対立した)
飯も食えずに歩き回った高坂は、山形と斬り合った西経寺の前で倒れてしまう。
翌朝、再経寺の住職が高坂を発見。
頻繁に時代劇の撮影に協力している西経寺だけに、高坂を役者だと思い込んだ住職とその妻は彼を看病し、関係者と思われる優子に連絡を入れる。
三人から頭を強打したことによる記憶喪失だと思われた高坂は、西経寺の雑用をしながら居候させてもらうことになる。
居候生活の中で、現代の日本のことや時代劇のことを徐々に把握していく高坂。
そして西経寺で時代劇のロケが行われたとき、切られ役の一人が急病で出られなくなったところを優子たちスタッフに抜擢されて、高坂は切られ役デビューを果たす。
高坂は優子に対して淡い恋心を抱いていた。
高坂は宙ぶらりんな自分に出来る仕事は斬られ役だけだと悟り、優子を通して殺陣師の関本に頼み込み、剣心会へ入れてもらう。
勉強しながら励んだ彼は徐々に周囲から認められていく。
一方の優子は監督デビューが夢で、助監督の激務の傍らシナリオも書いていた。
高坂はある日、新しい時代劇映画の準主役として抜擢される。
映画の準主役は自分の身の丈に合っていないことと固辞する高坂に、主役の風見恭一郎(演:冨家(ふけ)ノリマサ)は自分がかつて剣を交えた山形だと告白する。
風見も高坂と同じように、雷に撃たれた後にタイムスリップをして、30年前の撮影所に来ていたのだ。
高坂と同じように斬られ役からスタートして、その後出世して大スターとなっていた風見は、本物の侍を時代劇に残したいと言うが……
このあらすじだけでも、かなり荒唐無稽な映画だというのは伝わると思います。
それなのに観ていて引き込まれてしまい、全然ナンセンスだなんて思わなくなるのです。
これこそがこの映画の上手さでしょう。
知識と経験とセンスのある人間が作れば、どんな物語にでも説得力を付けることは可能だってことです。
この映画はテンポが良くて、観客を待たせません。
出来の良い漫才みたいなものです。
映像も音楽もいいし、役者の演技だってもちろんいいし、笑いもふんだんに込められている一方で、真面目なこともしっかり描いて泣かせたりします。
それが活きているのは、この映画の世界に疑いを持たせない監督の技量があってこそのことです。
もちろん突き詰めればアラは見つかるでしょう。
でもリアリティを追求することが映画を良くするとは限らないのです。
その辺の加減が素晴らしいと思います。
あと回想シーンとかでも一々映像化してきちんと作っているのも良くて、とても低予算映画とは思えません。
そしてクライマックスの殺陣ね!
凄い迫力でした。
この映画の中では、高坂や山形たちが幕末に日の本という国の未来を命がけで築こうとしたことと、時代劇という廃れていく文化を守ろうとする人たちの想いを重ねています。
心の底から好きで、いつも真剣に考え、自分を犠牲にしても守りたいものがある。
そういう人たちがいるからこそ、そこに笑いや楽しさや悲しみも生まれてくるのです。
軽薄なだけの物語では、そこにこうしたコントラストは生まれません。
そして現実と虚構の重なり合いもあります。
映画という虚構と、撮影現場という現実。
その二つを並べたこの映画全体が虚構で、それを見ている我々。
映画の中で高坂と風見だけが知っている、二人の幕末からの拘りがあります。
そして高坂は風見との殺陣のシーンで、真剣を使うことを提案します。
二人の役者が斬り合うシーンの撮影の中で、二人だけが知る真実。
演技ではない真剣による勝負、正に命がけです。
高坂が監督に真剣を使うことを提案したとき、優子が言ったセリフがあります。
「リアリティーっていうのは、あくまで作品の中で作られる現実感であって、本物を撮ればいいっていうもんじゃないのよ!?」
二人の過去を知らない、あくまで映画を作っている立場の優子からすれば当然のことです。
こうして、虚構である映画の中に現実と虚構が奇妙な混ざり方をして、凄い盛り上がり方をしていきます。
そこに不自然な感じはありません。
この映画は凄く巧妙に作られているのです。
あと私が観ていていいと思ったのは、高坂の人に対する礼儀です。
まずお礼、まず謝罪。
相手に敬意を持つからこそ、自然に頭が下がる。
余計な言い訳をしない。
こういう人だからこそ、周囲から信用されて仲良くなるのだというのを教えてくれる映画でもあります。
それにしたってですよ。
高坂も風見も戸籍や住民票がないわけですから、仕事や生活をしていくうえで必ず困ることになるはずですよね。
そしてこの二人以外の周囲の人たちは、二人が幕末からタイムスリップしてきたことを知らないままです。
もし高坂が優子さんと上手く行ったとして、結婚の手続きはどうするのでしょうね?(笑)
私はこういうタイムスリップ物が好きですが、この映画はその中でもトップクラスです。
大人気の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』という映画は面白かったですけど、アメリカのああいう作品というのは「オチ有りき」でそこへ向かっていくタイプですよね。
観客も薄々気付きながら観て、伏線回収を楽しむという。
私はそういうのはあまり好きではありません。
この映画のように、主人公がいきなりタイムスリップしてしまい、その後どうなる、どうなる? っていうほうが性に合っています。
この映画はお約束も多かったですね。
暗いスタジオからゾンビメイクの役者が出てきて驚くとか、高坂のお腹が鳴るシーンとか。
優子の姿見たさに門の前を掃除しながらニヤついてる高坂とか。
関本との殺陣の稽古中に、段取りを守らず何回も関本を斬ってしまう高坂とか。
(一々ノリツッコミする関本も最高!)
町の公園で高坂と優子が並んで座って語らうシーンとかね。
そしてこの映画はラスト、おいおい! という終わり方をします。
凄いなー、観終わって映画館を出る観客に大きな余韻を残す辺りはさすがです。
最後に。
高坂は日の本は良い国になったと泣きましたが、そんな高坂に暴行する若者もいる。
今の日本は本当に良い国なのだろうかと考えさせられました。
今夜日テレで放送されるそうで、まだ観ていない方にはオススメします。
時代劇が苦手な人にはちょっと厳しいかもしれませんけど、そこまで心配しなくてもいいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




