スプーキーじいさんって何考えてるの!?

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キャラクターとシーンだけ

私は以前映画『王立宇宙軍』のことを書きました。

この映画のことを私は、

つまり『王立宇宙軍』は、オリジナルの世界を作り出し、それを見せることが目的の映画だったのです。

と書いたのですが。
もっと書けば、この手の作品はクリエイターが観たいキャラ、観たいシーンを描くために作ったものです。
それはPVに似ていて、物語を最初から最後まで通して描くことはありません。
こういう「キャラシーン物命名:私)」はバブル景気の頃に急激に増えていきました。

 

 

 

たとえば、マンガ『サイレントメビウス』(1988年~1999年、著:麻宮騎亜)。
アニメ映画化されたりゲームになったりと人気のある作品です。

『サイレントメビウス』第一巻より(講談社、著:麻宮騎亜

この作品にきちんとした物語はありません。
近未来の東京で、妖魔という敵と警察の特殊部隊・AMPの女性たちが戦うだけの話です。
読んでいて不思議に思ったのは、どうみたってAMPより妖魔のほうが強いのに、妖魔は人間界に攻撃を仕掛けてこないこと。
ちょこちょこ手出しするだけでね。

 

それはつまり、作者がAMPのメンバーの女性たちを描きたいだけだから。
妖魔との戦いなんでどうでもよくて、このキャラをこういうシーンで描きたい、それだけなのです。
サバゲーやコスプレ撮影会に似ています
映画『ブレードランナー』好きな作者は似た状況を作っておいて、そこに女性たちを配置してこの作品を作ったのです。

 

 

それからマンガ『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』(1988年~、著:萩原一至)。
これも人気があってアニメ化もされています。

『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』第一巻より(集英社、著:萩原一至

RPGっぽい世界の中で剣と魔法で戦う作品です。
絵が上手く、美形が多く、とても人気がありました。
単行本第一巻が発売されたときには入手困難になった程です。

 

この作品にも物語はありません、匂わすだけ。
過去にこんなことがあったらしい、未来はこうなるかもしれない。
そういう中で美形たちがビシッと決める、ただそれだけです。
物語がクライマックスに入ったと思うと中断して、しばらくすると新章が開始されることの繰り返しで。
連載も休みがちで、掲載誌もコロコロ変わり、ついにはまともな原稿も描けず、同人誌を作るだけになって。
一読者としては踊らされたなーって感じです。

 

 

続いて、キャラシーン物と言えばマンガ『精霊使い』(1989年~1997年(未完)、著:岡崎武士)ですね。

『精霊使い』第一巻より(角川書店、著:岡崎武士

物語も設定も満足に作れない作者の、本物の「キャラシーン物」です。
瓦礫とか爆発とかを描くのは得意だし、魅力的なキャラを作ることもできるのに。
読んでいてツッコミ所だらけで、段々と笑いが止まらなくなる作品でした。

 

 

キリがないのでもう一つだけ。
マンガ『AGHARTA - アガルタ -』(1997年~2017年、著:松本嵩春)も凄かった作品です。

『AGHARTA - アガルタ -』第一巻より(集英社、著:松本嵩春

魅力的な絵を描ける作者で、キャラや雰囲気もとてもいいのですが。
これも典型的なキャラシーン物でした。
読んでも読んでも物語が進まず、難解な枝葉ばかりで疲れました。
この作者の他の作品も読んでみたのですが、根本的に絵だけで物語を作る能力が低い人なのだと思いました。

 

 

 

私は否定的な書き方をしていますが、これらの作品は本当に人気があったのです。
どれも大勢の人たちに支持された作品なのは間違いないです。
それは映画『王立宇宙軍』と同じことなのです。
合う人にだけは猛烈に合う。
だから私もキャラシーン物の良さは理解できます。

 

アニメ界の先輩方は『王立』を批判しました。
安彦良和は「こんな映画が許されるのか?」。
宮崎駿は「何を言いたいのか分からない」。
そう、従来はテーマと物語があって作品が成立していたから。
キャラシーン物なんてプロには許されなかったから。

 

たぶん、バブル景気の頃にキャラシーン物の新ジャンルが誕生したのだと思います。
面倒な説明は省いてしまい、みんなが心の中でなんとなく欲していたものを作品にして見せてくれる、そんなジャンルがね。
こんなキャラがこんなコスチュームでこんな場所でこんなポーズを取って。
それを作りたい人と観たい人がいて、盛り上がって。
先輩方に批判されたって関係ない、自分たちは好きだし楽しいのだから。

 

作品にテーマや物語があるのか、それともキャラクターやシーンだけなのか。
こういう視点で作品を見てみると面白いかもしれません。
宮崎アニメだって『千と千尋の神隠し』以降はそうなのではないですか?

 

 

 

こういった作品の人気があった90年代の話。
職場の年下の同僚でアニメファンな男性がいたのです。
世間話で親しくなって、彼が小説を書いていることを知った私は、どんな作品を書いているのか聞いてみたのです。

 

彼が言うには、『ガンダム』の世界の中で自分で作ったオリジナルキャラがオリジナルのモビルスーツに乗って戦う話なのだそうです。
AとBが戦って、次はBとCが戦って、その次はAとCが戦って。

「次はDっていうキャラを出そうと思ってるんですよ!」

って。

 

今思えばこれもキャラシーン物。
作品世界は借り物で、物語は存在せず、描きたいシーンだけ。
たぶん彼に絵が描けたなら、それをマンガにしていたはず。
話を聞いた私は、時代だなぁ…… って思いました。

 

 


 

 

タマネギを切ると涙が出ます。
これ、常識ですね。
私はカレーを作るので、タマネギはしょっちゅう切っています(今日もこれから切ります)。
ところがふと気付くと、私は全然涙を流していないのです。
あれ、おかしいな、昔は泣いてたのに。

 

ちょっと調べたら答えは出ました。
タマネギは冷やすと切っても涙は出ないのです。

 

私はゴキが嫌いで、その対策で臭いを出さないようにしています。
ゴミ箱は全部フタ付きで、臭いの出るものは出しっぱなしにしていません。
タマネギだって臭いが出ますから、私は冷蔵庫にしまっているのです。
それを使うときに取り出して、切る。
だから涙が出なかったのです。
それだけ(笑)。

 

お取り寄せした九州ラーメンにベーコンとネギをトッピング

 

 

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。